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フランシスコザビエルのミイラ公開!なぜインドで?ミイラを巡る話

2014.11.23

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教科書でお馴染みのザビエルさん

AFP時事通信によると、

11月22日、スペインの宣教師フランシスコ・ザビエルの遺体が

10年に一度の一般公開になっているという。

公開されているのは、インド南部の都市ゴア州

16世紀に日本にキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエルは

いつの間にか、インドでミイラとして保存されていたのだ。

私も知りませんでした。

このような保存技術が、熱帯気候という印象が強いインドで

可能だったのですね。

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始めて公開されたのは

宣教師フランシスコ・ザビエルの遺体が

初めて一般に公開されたのは1782年、

近年では10年に一度公開されていて、

今回で17回目だとか!

普段は世界遺産の「ボム・ジーザス教会」に安置されているそうです。

Youtube 非関連動画01

フランシスコ・ザビエル遺体を公開 インドで10年に1度

動画リンク元:KYODO NEWS 【共同通信社】

 

宣教師フランシスコ・ザビエルとは?

032

フランシスコ・デ・ザビエル

スペイン・ナバラ生まれ

1506年生まれ 1552年死亡

カトリック教会の司祭、宣教師。イエズス会の創設メンバーの1人で

ポルトガル王ジョアン3世の依頼でインドのゴアに派遣され、

その後1549年に日本に初めてキリスト教を伝えたことで有名

聖パウロを超えるほど多くの人々をキリスト教信仰に導いたといわれている。

カトリック教会の聖人 12月3日が命日で記念日とされている。

文参照:wikipedia

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ザビエルはどこで死亡したのか?

1552年12月3日に 中国布教を行おうとしていた時

上川島でなくなったとされるザビエル。

当初、遺骸は石灰を詰めて納棺し海岸に埋葬されていたが

1553年2月にインド・マラッカに移送

その後、ゴアに移送され聖パウロ聖堂にて棺から出され一般に拝観が許された。

とされている。

 

遺体を巡る伝説

聖パウロ聖堂にて遺体が公開されている時に

一人の女性がザビエルの遺体の右足の指 2本を噛み切って逃走

この2本の指は 逃走者女性の死後聖堂に返され

そのうちの一つがスペイン・ザビエル城に移されたという。

 

その後、1614年 イエズス会総長の命令右腕下膊が切断

この切断の際 死後50年もたっているのに鮮血が流れたことが

「奇跡」として伝わっている。

この右腕は日本でも過去2回公開されているとか・・・。

 

その他、数多くの遺体の部位が分散して、ゆかりの地に保管されている。

日本には胸骨の一部があるらしい。

 

何とも、色々な伝説がある人物である。

私も死ぬ前に一度でもそのお顔を生で拝みたいものです。

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